轟音からその先へ

轟音は"ごうおん"と発音してください。

震災復興には街のグランドデザインが必要だ

震災から8年が経過した。

自分は緊急支援期に現地に入り、現在まで石巻に留まる選択をしていることもあり、たびたび外部の人から「今の状況はどうですか?」といったことを聞かれる。

8年も過ぎたのである程度落ち着いていると思われる方も多いと思うが、実はそうでもない。理由としてそれまで設計段階だった大規模工事が施工の段階にどんどん突入しているからだ。道路もあちこちで避難道路として整備されまくり、石巻で言えば橋も新たに2本増える(歩道橋の内海橋も含めれば3本)。長らく更地だった南浜周辺も復興公園に向けて、どんどん作業が進み、沿岸部はとにかくダンプやミキサー車といった働く車がひっきりなしに動いている。こうした慌ただしい風景自体に街が慣れているため、普段は意識しないものの、状況はやはり特殊なままだろうなとは思う。2021年の復興期間最終年度までこの状況は続くだろう。

こうしてどんどん街がスクラップアンドビルドされる様子を見ていて、この計画は本当に「正解」なのだろうかとたびたび疑問になる。本当にその建物は必要なのか?必要だとして復興予算がなかった場合、同じ予算をかけて同じものを作る気はあったのか?箱モノは目立つためそう考える機会が特に多いが、道路や防潮堤、企業への貸付金など疑問に思う場面は多い。

実際に自治体の重要な指標である「人口」は減少傾向が止まらず、「財政」も集中復興期間後はすぐに赤字になることがほぼ確定しており、破綻してもおかしくはない状況だ。

石巻市財政収支見通し 復興後の予算編成方針策定
3か年で82億円余不足 人口減で歳入環境厳しく
https://hibishinbun.com/news/?a=9141

現時点でいえば国費を大きく入れたにも関わらず、それに見合った効果は得られていないと判断してよいだろう。

こうした状況になっている要因は複数あると思うが、その1つに「街のグランドデザイン」を描ききれなかったという点があるのではないかと考えている。これは特に市街地で言えることだが、とにかくバラバラで、街全体でどうこうしようという意図はまったく感じられない。2012年(だったかな)に中心市街地活性化検討委員として会議に出席した際に、立町商店街と呼ばれる1つの商店街が10ほどの地権者組合として細かく分かれていることを知った。さらにその組合毎に復興計画を作成していることを知った私が「全体で計画することはできないのですか?」と聞いたところ、「それは無理なんだよ」と返ってきた。それまで喧々囂々と議論していた委員たちが唯一同意が取れた瞬間だった。現在、石巻中心市街地が新しいマンション風の建物と昔からのたたずまいが残る商店が同居する凸凹した街並みになりつつあるのはそういう理由が背景にあるのだ。

ただでさえ苦しい状況にも関わらず、市民はバラバラでバラバラな市民をまとめる行政は疲弊し主体性がないまま一部の権力者や外部のコンサルになされるがままになされた結果がいまの街の風景なのだ。と少なくとも自分は捉えている。正直な話、現状でいえば再興する可能性は非常に低いと捉えざるを得ない状況にある。

一方で隣町の女川は同じように津波で大きな被害を受けたにも関わらず、可能性は大きく違うように見える。自治体の規模は違うし、原発立地自治体ということで財政面も異なる部分もある。さらに当然「隣の芝生は青く見える」だけかもしれないが、それでも動き方や市民の声を聞いていると石巻と女川では全然違うなと感じるのである。

その違いの元をたどれば女川は震災後グランドデザインに時間をかけた。グランドデザインに時間をかけた分、目の前の作業は遅かったため「女川は復興が遅い」といった声もあったが、逆にその流れが良かったのだと思う。その話は以下の記事にまとめた。

住民主体で進む女川、その背景を探る
http://mikamikami.hatenablog.com/entry/2015/05/02/231254

復興のプロセスがまるで違い、その違いが差に大きく影響しているのだと考える。もちろん、震災前の状況から元々違いがあるし市民性も違うから一概に比較はできないが「グランドデザイン」をしっかり描けた上で進めることができたのかどうかは大きな違いを生むはずだ。

大きな震災があって街の設計を考える必要がでてきた場合はとにかくそこだけは時間をかけて市民が納得する形でディスカッションをしてグランドデザインをしっかり描いた上で進めるべきだし、さらにいえば「震災前」にやっておけばよりベストだ。震災が発生してから決定までは時間がない中で進めなければならないため、どうしても場当たり的な発想になりがちだが、日常的に未来の設計を策定していれば例え震災があっても方針は決めやすいし、スキームは活かせるだろう。

もしこれを読んでいる方で街づくり関係者や自治体関係者がいた場合は、ぜひご自身のフィールドで未来のグランドデザインを時間をかけて策定したら良いのでははないかと思う。街づくりにも役立つが、こうしていざっていう時にもきっと役立つ計画になるはずだ。

というわけで、震災8年目で何か書こうと思い書いてみた。考えがまとまらず勢いで書いたこともありだいぶ支離滅裂なのだが、まあいいか。集中復興期間は残り2年。その間にこの街がどう変化していくか引き続き注視していきたい。

わたしなりの働き方改革

最近になって自分の働き方に気づいたことがある。

それまで勤めていた会社が倒産し、あーあー言いながら半ば強制的にフリーランスになり、なんだかんだで社団を立ち上げ、最近もなんだかんだで会社を立ち上げ生きてきた。従業員がいたこともあったが、基本的には「1人」でやっている期間が長く「1人」が性に合ってるし、なんだかんだ働きやすいと思い続けていた。

一方で昔からどうも1人で事務所にこもって仕事をしていると調子が悪い。すぐに眠くなるし、作業もあんまり進まないし、たびたびさぼるのだ。まあ、どちらかといえば不真面目な性格ではあるがそれにしても異常だなと長年感じていた。もちろん問題意識はあるから試行錯誤はしてきた。まずは何らかの環境が悪いせいだと思い込んで、可能な限り環境を整える方向で実験を試みた。机の高さを自由に変えれるものにしたり、当然椅子もすばらしいものにして、とにかく働く環境は整えに整えた。悪くはない。むしろ改善はしたものの、根本的な「何か」は特に変わらなかった。次に自分自身を変える方向で考えた。もしかしたら何らかの栄養素が足りてないのではないかと考えいろんなサプリを試してみたり、ポモドーロテクニックとかスケジュール法を変えてみたり、なんだりかんだりやってみたけど、やっぱり根本の「何か」は変わらなかったのである。

「1日を思い通りのスケジュールで100%過ごす」

というだけの事ができないのである。どこかでつまずいてしまう。なんでだろうなあと思いながら1日が過ぎていき、我ながらなんて生産性が低いのだろうかと長年思っていた。とはいえ本能的なものなのかなんなのか「締切ブースト」だけはしっかり機能する。だから、本当にやばさを感じるときのみはリミッターが外れたように全力で取り組めるのである。リミッターが外れるから当然反動もあるが、なんとかそれで生きてきたようなものなのだ。

何とか改善したいなあと思い続けてきたが、どうもわからない。それであるときぼんやりそれについて考えていた時に思い出したのが「学生時代」のことだ。学生時代、授業は毎日休まず欠かさず過ごすことができたが(もちろん居眠りするときもあったけど)、テスト勉強はぎりぎりまでできないタイプだった。ぎりぎりになってリミッターが外れてようやくやるみたいなスタイルだったのである。まるで今と同じだ。つまり考えればわかることだが、昔から自分は「自発性」が非常に弱かったのである。自分が本当に興味があることは別にして、億劫だなあと思うことはひたすら後回しにすることが多かった。そうか、自発性が弱点なのか、ということに気づくのである。

それでだとすれば、強制力を追加すればもしかしたら解決するんじゃないの?と考え、事務所にフリーでやってる人を誘って一緒に働こうと提案をしてみた。たまたま使っていない机があるから、実験的に時間を決めてそこで作業をしてもらうようにお願いをした。その人も近い課題があったこともあり提案が通り、ほぼ同じ営業時間で作業をやることになった。さらに自分の課題を正直に伝えて、その人に朝一で今日のスケジュールを発表することを日課とした。たまに「ちゃんと進んでいるのか?」と言ってくれとのお願いも受け入れてくれて、たまに進捗確認もするようになった。ここまでくるともはやマネージャーと部下みたいなものである。

結果は…これが今のところ成功で、それまで嘘のように進まなかった作業がさくさく進むし、うようよ悩んでいたこともばりばりとは言わないまでも進むようになった。当たり前だが一緒に机を並べている人は「ただの隣人」だから強制力はないし、適当にスケジュールを知ってる程度で、たまにちゃかすように「まだ終わってないんかい」とか言ってくれるだけである。しかし、それで生産性は間違いなく上がったのた。今では味をしめて、もう1人似たような境遇の人を誘い作業をしている。

それまでずっと悩んでいた根本的な原因が「一人が苦手」だったとはちょっと恥ずかしいことではあるが、いやもうこれは事実だなと最近の変化を見ながら受け入れている。この事実に気づいた上での改革は今にはじまったことだから、今後さらに実験をしていけばより生産性は増すのではないかと思う。例えばそういう役割を持たせて、従業員を雇ったらより強力に制御されるのではないか…とか。近いところでコーチングを受けたらもっと改善されるのではないか、とか。いろいろ試してみたい。

さらに同じような悩みを持つ人はもっといるんじゃないのかなと思う。自分の問題に気づいてから他の人にもいろいろ話を聞くが、一人でも全然やれるって人もいるし、できないって人もいる。できない人はそれでも同じようにあれこれ試してやってるようだが、根本的な解決にはいたっていないようである。だから自分とかそういう人向けに「監視型コワーキングスペース」があったらいいんじゃなかなって考えるようになった。企画としてはまだまだ思い付きだけど、受付で目標を伝えて、それを終わるまで帰れない。作業はすべて監視されてさぼりだしたらすかさず注意してくれたり、もしくは応援してくれたりする。必要に応じてコーチングも受けられるし、なんならウェアラブルをつけてもらって精神状態も把握したりとか。おいおいこいつ眠くなってるぞってわかったら、ちょっとランニングマシンで走らされたり、逆に寝かしつけられたり。個人の生産性を数値化して向上するコワーキングスペースがあったらおもしろいんじゃないかなあ。実験的に自分で試してみようかな。

ThinkPad X1 Carbonを購入した

これまでthinkpadx220を使ってきた。もう7年くらいになるのだが、スペック的には今でも十分に使えるし、故障などもなくその堅牢性には頼りがいもあった。ただ、電池の持ちと筐体の重さに関してはかなりしんどさがあり、うんうん考えたが買い替えを決意したのだった。

それで携帯性を買い替えのポイントとして考慮しつつ、最新のノートパソコン事情も理解しつつ、選んだ結果、

(1)LG gram
(2)VAIO S11orS13
(3)HP Spectre x360
(4)lenovo ThinkPad X1 Carbon

↑こちらの4つの候補に絞られた。
Surfaceレッツノートも当然考えてはいたが、コスパを考えれば一段劣るし、レッツは軽いが厚みも気になった。

実機を触って一番驚いたのはLGのgramだ。13,3型は965gで27時間駆動、スペックもそこそこ。バッテリーサイズを小さくすればより軽く済むだろうが、そこをこのバランスにしてきた点は面白いし、そもそも27時間駆動ってなんだ。実測で半分だとしても凄まじい。それに対しバッテリーサイズを小さくして軽さを重視したのがVAIOのS11といったところか、840gはやはり軽い。

HPのx360は1290gと他のパソコンよりも重量はあるが、13.6mmという薄さがある。そして何よりコスパ面が魅力の機種でもある。4つ目のlenovoのX1はいいとこ取りのバランス型といったところだろうか。

どの機種もそれぞれ個性があり、これは迷った。

が、最終的には、

(1)LG gram
(2)lenovo ThinkPad X1 Carbon

の2つに絞った。
S11は軽さが魅力だがLGの重量でも十分耐えられるし、x360はコスパが魅力だがx1の価格でも予算内であるためx1を優先した。x360は実機を持つと薄いとはいえやはり他機種と比較して重いのもマイナスとなった。軽さの許容範囲内はx1の1130gまでのように感じられた。

gramかx1か。うんうん迷い、最後にもう一度実機を触って比較して決めようと考えた。

向かったのはヨドバシ仙台店だ。

前回のチェックでは重さや形にばかり気が向かっていたので、今回はキータッチを試してみようと考え、実際にメモ帳を開いてパシパシ打っていた。はじめに書いてしまうと、キータッチに関してはx1の方が圧倒的に好みではあった。が、最終的な判断はそこではなかった。

まず試したのはLGの方だった。パシパシ打っていると男性で細身の若い青白い顔をしたLG担当店員が近寄ってくる。(はっきりいって今、触ってる最中だから、黙って見ていてほしいのだが)というオーラを出していたがあえなく突き破られ、その店員はずかずかとお決まりのセールストークを始めた。「持ってみて下さい?軽いですよ」「電源の持ちがいいんですよ」といったわかりきった筐体の特徴を距離にして10cmそばから話しかけてくる。こちらも最初は穏便に対応していたが余りにもうるさい。しょうがないから正直に「x1と悩んでいる」というヒントも伝えて、どういう反応をするか見たところ、その店員はx1に関する知識はなく、gramのお決まりのセールストークを延々と繰り返すだけだった。おそらく、他社研究はおろか、担当のgramすらちゃんと触っていないのではないかと思う。とにかく「売らなければ売らなければ」「売りたい売りたい売りたい」という圧が強く、時間とともにこちらの気持ちはぐんぐんと下がっていく。終いにはスリープの挙動を見るために、一度パソコンを閉じて再度開いたところ、パスワードがかかってしまった。それを指差し「これを直していただきたい」と伝えたのだが、それに対しLG店員は「あっこれお買い上げっすか?この機種ですか?」と目を見開いてあわあわしだした。いや、パスワードですよと伝え直したところ、彼はその機種のパスワードを知らず、他の店員を呼びに行っていた…スリープを解除して再開するやいなやまだ営業トークを続けようとするから流石に呆れて「ゆっくり触って考えさせて欲しい」と伝え、一時は静かになったが、じっとりと張り付いてこちらを見ている。そして結局また話しかけてきた。相手のニーズも考えず自分の言いたいことだけをいって、これではLGというよりL自慰だ。これではダメだなと判断し、その場を離れlenovoのブースへ。

lenovoのブースでx1を触っているとlenovoの店員が近づいてきた。LGの件があったから、また同じ目にあったらどうしようかと思ったけど、その店員は「こちらがわかっている事をわかっている接客」をしてくれて非常に助かった。gramと悩んでいるという話もしたが「あれ駆動時間すごいですよね!」とちゃんとのってくれて、その上でゆっくり触って判断してくださいと言ってくれた。前述した通り、キータッチはx1の方が好みでこりゃこっちかなあ、しかしあの軽さと駆動時間も面白いよなあなどと考えながら、パチパチx1を打っていると、背後に気配を感じた。なんだと思ったら、またもやLG店員の登場である。ライバル会社のブースまで入るのか…と思いながら、スルーしていると、どうですか?と聞いてきた。「キータッチはx1ですね」と伝えると「そうかもしれませんが重さと軽さは~」とまた営業トークが始まった…店員の軽さと持続時間もgramのコンセプトに寄せたのだろうか…と呆れ果て、言うまでもなくこの時点でgramは落ちた。わざわざLGの店員は自分で落としたのである。

店員の質は「偶発的なこと」ではあるのでそこが判断に影響してしまった点はやや残念ではある。単純にそれぞれの持ち味で判断をしたかったのは正直なところではある。

LGとlenovoの対応が逆ならば本当にわからなかった。最終的な商品の魅力はx1に軍配が上がったが、x1は納品まで一ヶ月かかる(まだ手元に届いていない)。これは大きなハンデであるし、こちらのニーズも「できれば早め」だったため、その辺をうまくついていればgramになっていたかもしれない。

デザイン的な面で考えるならば機種のコンセプトを必死に考え、技術を詰め込み、広告宣伝物なども頑張って揃えたとしても「情報量が多い接客という行為」により覆る可能性があるという事である。そこまでをデザインしていく必要がある、ということを改めて身を持って体感をしたのだった。

地域の発展には「視点のバージョンアップ」が重要ではないかという話

観光について。

以前、阿蘇の人気定食屋の今村さんから話を聞く機会があった。阿蘇といえば幻想的な「雲海」が有名だが、広まったのはわりと最近のことであり、それまでは一部をのぞいて地元の人には見向きもされたなかったらしい。それが、外からきた人がその魅力を発信し、人を呼び込みだして、「えっそれで人来るの?」となったとの事。今村さん自身も最初は半信半疑だったんだけど、実際に雲海ツアーに行き、観光客が喜んでいる姿を見て、考えががらっと変わったとのこと。

今村さんのインタビュー記事
http://asoomoi.com/imakin

これはわかりやすい例なんだけど、観光に留まらず地域の発展には「視点のバージョンアップ」が不可欠ではないか、と最近考えている。前にも書いた気がするけど「何もしない、何も変わらない」は成長期ならまだしも地合いが悪い状況では相対的に下がるだけであり、持続性を考慮するのであればよりよくなるように変化するしかない。かといって、何もかもをがっつり変えることは現実的に難しいし、やれる事は限られている。だから"今あるもの"を「視点のバージョンアップ」で変化することが重要なのではないか、なんて事を考えている。

それで視点のバージョンアップは「これはこういうものだ」という発想を転換させたり、「新しいつなげ方」といった手法で見方を変えていくことになると思うんだけど、それってそれまでそれを常識だと思っていた人からすれば、受け入れづらい話ではある。特に「下げて見ている人」からすると、不可解ですらあると思う。「こんな何もないところに人が来るものか」といった感じで。この場合、そうした本質を隠す一生治らない瘡蓋をまずはべりべりと剥がして、傷口をじっくり見る所をやらなきゃいけないから、しんどい。しんどいから瘡蓋はますます「硬く」なる。

でも、視点のバージョンアップには寛容性がなければ進まない。あーそういうのもあるんだ、それ面白いな、といった受け入れがないと続かない。この"2人目"が重要って話は、デレク・シヴァーズの、

「社会運動はどうやって起こすか」
https://www.ted.com/…/derek_sivers_how_to_start…/transcript…

↑これを見るとよくわかる。
そうした点でいえば、人が多い都会だと、突飛なことをいっても「面白いじゃん」って同調する人が出て来やすくて、大きな動きにつながりやすいと思うが、人が少ない地方だと中々そうはいかない。

だから「そうはいかない」ってことを認識するところからはじめておおらかに変化を促す方法か、もしくは2人目は当面出ないけどとにかく自分を信じて実績を出す、の二通りになってくるのではないかなと思う。

どっちがいいかは場合によるだろうが、大抵の場合は後者で行くしかないだろうな。なんて事を考えた。

田舎の閉鎖性と車社会の関係

石巻で車を走らせているとたまにみる光景として「タバコのポイ捨て」がある。タバコをぽいっと火をつけたまま捨ててしまうのだ。初めて見た時はぎょっとしたんだけど、しばらくすると「またか」くらいの感覚になった。この行為だが考えてみると、かなり不思議な構図になっている。このご時世散々たばこのマナーに関して啓発があり、喫煙者の肩身が狭くなっているはずなのに、自分の首を苦しめる行為をわざわざするのはちょっとどうかしている。本人に聞いたことはないが推測では「特に考えていない」からそうした行為ができるのではないかと思う。おそらく本人は「普通」の事なのではないか。

だとすると、この人の普通ってなんだろうか。「普通=価値観」を構成する要素はインプットの量や質によって定まっていくと思うんだけど、それは育ちから普段の生活までつながった上で決まっていくはず。
そこで車社会が鍵になってくる。車社会だと、移動はすべて「個」につながる。自宅から車で移動し会社に行き車で自宅に帰る。同じところをぐるぐるぐるぐる周る。当然コミュニティも固定化され、それが「普通」になる。だからその世界で車からのポイ捨てが「普通」だとすれば、悪いことだとすら思うわないはずで、だとすれば堂々とタバコのポイ捨てをしてもおかしくはないはず(いやおかしいんだけどさ)。

一方これが公共交通機関を使うとどうだろうか。例えばそれなりの乗車率の電車はどうだ。椅子に座っていると、隣に座る人は毎回違う。子供もいればおじいちゃんもいる。同い年くらいの人もいる。金持ちもいればそうじゃなさそうな人もいるしこの人やばそうだなって人もいる。広告も時期によって変わるし、時期によって人の装いも変われば、流行りによって人が持つものも変わる。スマホを見ていたとしても、それらは強制的に目に入るし、強制的に「パーソナルスペースに他者が入り込む」。さらにターミナル駅で降りればさらに人と爻わったりもする。

ただの移動といえば移動だが、日常的に使用する移動が「車」か「公共交通機関」では多様な違いを受容する下地としてはけっこう違いがあるのではないかと思う。たまに電車に乗ると人の近さにびびるもんな。

田舎と都会には当然違いはあるけど、そうした車移動の影響や単に人の少なさ、移動ルートのパターン化などでどうしたって閉鎖性は高まる。閉鎖性が高まれば、(そこに長く住む事を前提とした場合)どうしたって保守的になるんだな。みたいな事を考えた。

仙台・宮城観光PR動画について考える

宮城観光PR動画が物議を醸している。
問題になっている動画はこちらだ。

ぱっと見ただけでも「やっちまったな…」と感じるが、一体何をどうやっちまったのか、考えてみたい。

== 確認作業 ===============

◆基本的なコンセプトを推測
宮城の夏は東京に比較すれば涼しい。にも関わらずこれまで避暑地としてアピールした事も少なく認知度も低い。そこで需要の掘り起こしとして、涼しい宮城をアピールし夏の観光客を増やしたい。涼しい宮城…涼しい宮城…そうだ「涼宮城」と書いて竜宮城をもじったアピールで展開しよう。といったところだろうか。動画に関してはこのコンセプトに宮城の観光資源を乗せて、インパクトのあるものを作りたいとでも考えたのだろうか。

壇蜜の起用に関して
記事によれば"イメージキャラクターとしたのは「伊達家に由縁があり、クールで妖艶」だから"とのこと。壇蜜さんは秋田県出身であり、祖父が伊達藩士だったという縁があるとはいえ背景はやや無理をしている印象がある。つまり「クールで妖艶」が先行しており、そのイメージで壇蜜さんが選ばれたと考える方が自然だ。

◆クールで妖艶とは
クールとは「涼しくてさわやかなさまを」を表し、妖艶とは三省堂大辞林によると"あでやかで美しいこと。男性を惑わすようなあやしい美しさをいう。"だそうだ。

◆ターゲットの推測
わざわざ書くまでもないが、「妖艶な竜宮城の乙姫様」を演出の要に据えているためこの時点でこのPRの狙いが「成人男性」を向いていることは間違いない。

◆動画に登場する内容の確認
(1)ずんだ餅
(2)牛タン
(3)伊達政宗公生誕450年
(4)松島上空(松島の説明なし)
(5)東京仙台間が最速90分

といった順番で登場し、仙台の定番を紹介?する内容となっている。

◆演出
(1)むすび丸鼻血
(2)扇情的な呼びかけ
(3)にんまりムネリン
(4)亀さん上のってもいいですか
(5)にんまりむっくり亀さん
(6)松島上空
(7)謎のむすび丸(かっこいいイメージ?)
(8)涼しげで素敵
(9)あっという間にイケちゃう

とてもわかりやすく「妖艶」をテーマにした演出だということがわかる。

== 問題点 ================

というわけでここまでは動画から読み取れる背景と内容の確認を行った。その上で問題点の考察に移りたい。

◆宮城は涼しいのか?
そこかよ!って気もするけど、宮城と東京両方に住んだ経験がある自分として宮城は「大して涼しくない」実感がある。実感で判断するのもあれなのでデータをみると、

https://weather.time-j.net/Climate/Chart/sendai?compare=tokyo&select=44

7月、8月で平均気温は2℃~3℃程度低いようだ。
涼しさでライバルとなりそうな札幌は仙台からさらに2℃程度低く、さらに首都圏の避暑地で有名な軽井沢は仙台より3℃程度低い。比較をすればやはり宮城はそこまで涼しくはない。当然宮城でも避暑地的な場所はあるが、今回の動画は「宮城が涼しい」と言っているため仙台も涼しい必要がある。そう考えた場合、実際に行ってみたら「思ったより暑い」との評価につながる可能性が高く、満足度を下げる結果となるのではないか。

◆ターゲットを成人男性に絞る事の是非
この記事を書くにあたり色々とSNSでの評判も見てみたが「旅行のメインターゲットである成人女性を敵にするってどういうこと?」というような言説を見かけた。果たして本当にそうだろうか?

https://www.jtb.or.jp/wp-content/uploads/2014/10/nenpo2014p12-31.pdf

↑この2013年のレポートには観光目的の宿泊男女比は"47:53"と書かれており、若干ではあるが女性の方が率が高い。

http://reposen.jp/3743/9/52.html

↑またこちらの資料には同伴についてまとめられており、女性の方が同伴者を伴う傾向が強い事が指摘されている。いずれにしろ、女性の方が旅行に関する意識は高いことがデータからは確かに読み取れる。

マーケティング的な定石としては女性をメインにした方が良さそうでは有るが、掘り下げるという意味合いで普段ターゲットにしていない男性をメインに据えるのは戦略としてありだとは思う。しかしながら、あくまでもメインターゲットは女性の旅行者なのだからそこに配慮をする必要性はあるだろう。

◆妖艶さは必要だったのか?
わかりやすく成人男性の目を引く手法として、妖艶=エロを用いる点は何とか理解ができる。目を引きつつ、宮城ってこんなところで良いところなんだよという事が広まればいいわけだ。ただし今回の動画でいえば2つ問題がある。1つは男性だけが見る動画ではない点、もう1つは宮城の良さが消えている点だ。
前者に関しては今回の動画は広くPRする必要があるため視聴者を選ぶことは難しく、女性も当然目に入る。例えば今回の動画の内容が青年男性誌に掲載されているのであればそこまで問題にならなかったと思うし、逆にいえば青年男性誌的内容物が何のゾーニングもされずに世の中に出されてしまった事が非常に問題だと思う。こうなってしまうと、炎上してPVが伸びても、成人男性へのアピールと共にメイン客である女性のマイナス点も増えてしまう。
後者に関しては前述した通り動画の内容はいわゆる仙台の定番のみで、特に涼しげポイントもなければ目を引くような点もない。例えば、涼ポイントで冷やし中華の元祖といわれる龍亭を取り上げたり(サイトには掲載されてるね)、場所も最近高速が開通していきやすくなった三滝堂あたりを取り上げていればまだ違った見方ができたかもしれない。結果的に妖艶さだけが独り歩きして、宮城の涼とは?宮城の観光とは?という主題が抜け落ちているように見える。

== まとめ ================

低予算で海外旅行も視野に入る時代になり、だからこそ国内の観光は戦略性をもって緻密に長期的な視点でブランディングをし続けていくことが求められる。果たして今回のキャンペーンはロードマップの上にきちんとのせて考えたものなのか。炎上狙いをする必要があったのか。何を得て何を失ったのか。正解がないのもわかるし、リスクを取ってチャレンジする事もわかる。かといって不要なリスクまで取る必要はないだろう。一企業ではなく、公が税金を投入して制作している点も意識はきちんと持って欲しい。何にしろ効果測定をしっかりやって、次回に活かして欲しいと思う。

最後にこんなのばっかりなのかと思われるのもあれなので、第6回観光映像大賞を受賞した宮城県登米市の観光動画も掲載しておきますね。

◆参考記事
http://www.huffingtonpost.jp/2017/07/10/sendai-danmitsu_n_17448514.html
http://xn--eckp1fo1cxj1722cpen.tokyo/?p=2538
http://www.weblio.jp/content/%E5%A6%96%E8%89%B6

◆ちなみに
制作はADKアーツですね。
中の人が丁寧に書いていました。

石巻で行われたポケモンGOイベントに参加した

昨日、石巻ポケモンGOのイベントがあった。
http://gigazine.net/news/20161112-pokemon-go-ishinomaki/

このイベントに参加したので、そこで見たもの感じたものをささっとまとめておきたい。

まず自分が興味を引いたのは「ポケストップの申請ができる」という点だ。以前少し話題になっていたように、石巻では「記憶のポータル(=ポケストップにも引用されている)」という震災で失われた場所のポケストップがある。記憶のポータルはingressの時から石巻でイベントが度々開催されていて、その成果の賜物といえる。

一番最初の部分は自分も理解していないんだけど、震災後に石巻googleがばーっと支援でやってきて、そこからできた縁がここまでつながっていると認識している。石巻のIT教育団体であるイトナブ( http://itnav.jp/ )の役割も大きい。イトナブがingressの頃からイベントをオーガナイズして実績を積み、もちろん今回のイベントにも協力している。昨日、代表の古山さんと話した感じでは、今回の企画は最初から参加していたわけではなく、宮城県とniantcの話が進んだ段階で協力する流れになったようだ。とその辺の話は置いといて…

それでまあ、「記憶のポータル」が面白い取り組みだから自分もやってみようと思い津波の被害で全壊した建物跡地を申請してきたのだ。

うちは街中からやや離れた所に住んでいるから、車で向かったんだけど、土曜とはいえ街中に進むに連れてどんどん道が渋滞していて、その頃から影響力は感じていた。「まさかなー」って感じだったけど、街中に入るとそこらじゅうにポケモントレーナーが歩いていて、交差点なんかもどこの都会だよ…っていうほどには人がのしのしと歩いていた。人も多ければ、車も多く、渋滞、そして渋滞という状態になっていた。

異常なのは、普段なら人通りがほとんどない(まあ普段ならどの道もそうだけど)ような小道ですら、人がうじゃうじゃ歩いていたこと。何も知らない人からすれば意味がわからないだろうなあ…と思いながら駐車場に車を止めた。

駐車場から歩いてイベント会場となる、中瀬公園に進みながら観察していると、うじゃうじゃと徒歩トレーナーはいるし、自転車で移動するトレーナーもいれば、おそらく車で移動していると思われるトレーナーもいた。とはいえ、うじゃうじゃはしているけど、それが広範囲にびろーんと広がっているような状況だから「祭りのように人が歩けない」といった状態ではまったくなく、感覚としてはターミナル駅の駅前程度だろうか、いやそれよりかはもっと少ないか。くらいの人の流れがあっちこっちで見られた、というような感覚か。

面白いのが会場につくと「そこまで多くの人がいない」という点。いるにはいるし、賑わっている程度には人がいるんだけど、それまで見てきた人の流れを見ると「あっこんなもんか」といった程度。お祭りのように1か所にどばーっといる感じではない。だから会場内の案内なんかも特に混乱はなく、申請も非常にスムーズにできた。ちなみに申請すると記念品がもらえるんだけど、てっきりポケモン関連かと思いきや、「空飛ぶこけしピンバッジ」と「空飛ぶこけしクリアファイル」でおっおぅとリアルになった。そこは宮城県寄りだった。

それで申請が終わったあとに、申請先の写真を指定のアドレスに送るって手順だったから、会場中央のテントで作業をしていた。そこでフジの取材班と日テレの取材班にぶつかり(申請した人に声をかけていた)、少し話をしたり、隣に座ったお兄さんにどっからきたのか聞いてみたりした。

お兄さんは「昨日テレビでイベントを知った。ラプラスが捕まえられるようだから朝一の新幹線できた」と言っていた。ラプラスは人を動かすということがよくわかった。一泊するんですが、どっかいい飯屋はないかと聞かれたので「しんや」と答えておいた。あそこはメニューが楽しいし、何を食べても美味しいから行ったほうがいい。

それで会場内でラプラスが発生し目の前で集団移動を見ることができたり、イベント関係者と話をしたり、コイキング計量大会やタマゴ孵化計量大会の結果発表で会場から温かい拍手が送られている様子にほっこりした気持ちになったり、ピカチューに扮したのりのりの宮城県知事を眺めたり、なんやかんややった。寒かったけど、食べ物ブースもそれなりに用意されていたし、スタッフもそれなりにいたから会場内だけを見ればスムーズにやれていたんじゃないかな。

ただ全体で見ればもちろん悪かった点はあって、特に地元側のタイムラインはほぼ批判的だった。

◆地元側の声(批判派)
「人がうろうろしていて怖い、異様だ」
「歩きスマホが危ない、怖い」
「車が逆走している」
「渋滞がひどい」
「儲かるのは一部だけ」
「画面しか見てないのに観光と言えるのか」

といったものは度々見られた。特に歩きスマホは「特区」と言っても過言ではないような状況に陥っていて、危うさはいたるところであったと思う。石巻の街中は一通が多いので、車で来た人も無茶な運転をしているのを自分も見かけた。

一方で、擁護する意見も少ないけどあって、

◆地元側の声(擁護派)
「普段ほとんど来ない神社に人がたくさん来ていてすごい」
「人がこれだけ来るんだからお店もお金を落としてもらえる方法をもっと考えたい」

といった声もあった。

この辺の自分の意見としては、安全面としては確かに不足があり、改善が必要だとは思う。今回の対策としては各種パンフレットに注意書きがあったり、ピカチューをあしらった注意喚起のチラシが配られていた。しかし街中で実際に注意喚起を行う人は確認できなかったし、会場でもそうしたアナウンスはほとんどなかったように思う。とはいえ、今回は初めての開催で人出がまったく読めなかった事もあると思うし、こうした部分に関しては今後改善されれば良い点だとも思う。

歩きスマホを防止するやり方としては注意喚起をするだけでなく、例えばポケモンGOプラスユーザー専用のサービスを用意して特典をつけるといった事も考えられる。その辺は考えようでもっと色々できそうな気はする。

拒絶する気持ちもわかるが、こういうものに対しては利用できるところはとことん利用してそれでダメならやっぱりダメだねって流れでも良いじゃないのとは思う。最初からとにかく拒絶する文化は、新しいチャレンジをますますしにくくなるだけだし、あんまりいいことではないと思う。石巻市も自分たちで「マンガの街石巻」とか言ってるんだから、親和性が高そうなこういうイベントはがしがし首つっこんで良いんじゃないかな。「今回は県のイベントだから」ってことで市としてはほとんど関わってなかったようだ。

今回がテストイベントだと位置づければ結果的に寒い時期にやれて良かったと思う。これがベストな時期にやれば収集がつかなくなっていただろう。ラプラスの影響が大きいにしろ、今回のイベントである程度の人の出と流れも予測しやすくなったと思うし、この辺のことは運営側も理解はしているので次回があればよりよいものになると思う。

あれだけ街中にびろーんと人が流れる仕組みは面白いなあと思うし、うまく街にも利益が還元できる仕組みが生まれれば素晴らしい。どうせやるなら、そういう取り組みになるといいな。

ちなみに、ガチな人からは「これで石巻ラプラスが本当に沢山いるという情報が知れ渡った。23日までは注意が必要だよ」と教えてくれた。どれだけの変化があるかはわからないが、観察はしておこうと思う。