轟音からその先へ

轟音は"ごうおん"と発音してください。

ケトジェニックダイエットをやってみた

相変わらず、ダイエットをしている。
終わりがあるのだろうかと思う時もあったが、今は「目標達成のその後」を考える程度には終わりが近付きつつある。

2018年9月「98キロ」まで達成した私は(またやっちまった…)という思いとともに、人生で幾度目かの減量生活がはじまった。詳しい減量記はまた機会を作って書きたいと思うが、まずはゆるい運動と、ゆるいカロリー制限を半年ほど続けて、結果的には20キロ近く痩せた。そこそこ痩せると体は「おいおい体重ちょっと減らしすぎなんじゃないの?」となり、省エネモードが発動して肉を溜め込もうとする「停滞期」に入る。

それでも地道にカロリーを抑えていれば再度体重は減り始めるのだが、今回はせっかくなので「ケトジェニックダイエット」にチャレンジすることにした。数年前から特に筋肉系youtuberや山本義徳氏の影響でトレーニー界隈には広く知られ、最近ではメディアでも取り上げられることもあり、聞いたことがある人も増えたのではないかと思う。

そもそもケトジェニックとはなんぞや?という方は、公開されている山本祐司氏の論文が細かくその仕組みを論じているため、こちらを読んでみるとよい。

https://www.jstage.jst.go.jp/article/kagakutoseibutsu/54/9/54_650/_pdf

わかりやすく書けば「糖質を枯渇させ、その代替エネルギーを脂肪で補う方法」になる。通常人は摂取される糖質(米とか砂糖とか)を動力源に活用しているがそこを遮断し、体内にストックされた脂肪をメインエネルギーに変換するのだ。例えればレギュラーガソリンから軽油に切り替えるようなものである。脂肪をエネルギーに変換されると「ケトン体」というエネルギー源が生成される特徴があるため、ケトン体生成を意味する「ケトジェニック」という言葉がつけられている(と解釈している)。
脂肪をメインエネルギーに変換するから脂肪がガンガン減るよ!という話になりそうだし、実際にそのように説明している情報サイトも多いのだが、論文にも書かれている通り「ダイエット効果はあるもののメカニズムについてはいまだ詳細に解明されていない」代物であるため、その点は注意が必要だ。
詳細な解明はされていないけれど、確かに脂肪燃焼効果はあるっぽいね!ということで取り入れている人が増えているのが現状だ。

では、物は試しと今回実践してみたのである。

◆食生活
大きな特徴は食生活だ。ケトの場合、その性質から糖質を著しく削る必要がある。1日「20g~50g」と言われているが、理論上少なければ少ないほうがよいため目標値は「20g」とした。参考までにおにぎり1個の糖質量が「40g~50g」程度。おにぎり1個も食べられないのは当然として、調味料まで気を配らないと「20g」は達成はできない。また、筋肉量を減らさないためにタンパク質もしっかり取り、そして残りのカロリーを脂質で賄うのである。

つまり食べられる食材は、肉(ベーコンとか加工品含む)、魚、卵、葉物野菜、チーズといった食材になる。野菜は糖質が入っていないイメージを持たれるが特に根菜はそこそこ糖質があるためNGになる。

期間中は「肉(魚)+葉物野菜の炒め物」あたりを中心に食べていた。また脂質はしっかり摂取する必要があるため、消化吸収分解が速くエネルギー変換がしやすい中鎖脂肪酸である「MCTオイル」を中心にドバドバ摂取。肉も普通のダイエットなら避けるはずの、豚バラとか牛カルビとか油ものを選んで摂取した。酒も糖質を含まない蒸留酒である、ウイスキーや焼酎はOK。

油を摂取してもいいため、この食生活は新鮮だった。がつがつ肉を食い、油を摂取する。卵を大量に使った料理に、間食はチーズとサラミ。通常のダイエットではタブーな行為がこの方法では有効な手段になる。もともと胃が強いため脂っこい食生活でも問題はない。ただし外食は選択肢が限られており、焼肉か焼き鳥、もしくは糖質がきちんと情報公開されているファミレスあたりになる。糖質量が増え、インスリンが分泌された場合、摂取していた大量の脂質がそのまま脂肪行きになるし、一度ケトーシス(ケトン体がでている状態)から抜けると、再度ケトーシスに入るまで時間がかかるので細心の注意が必要だ。

◆運動能力
一般的には糖質を断ち切るため運動能力は下がると言われている。が、これに関しては人それぞれ実感が異なるようで、自分の場合は「少し落ちた」だった。具体的には最後の粘りが効かず、レップ数が1~3回程度落ちた。ケトが終わり糖質を摂取したあとのジムでは粘りが効き、重量も上がったことから、確信に変わった。

◆体調
糖質がきれて、ふらふらしたりイライラしたりといったことは自分の場合ほとんどなかった。過去にも長期間にわたる極端なカロリー制限ダイエットも経験しており、こうした環境には適性があるようだ。

◆ケトスティック
ケトスティックと呼ばれる試験紙がある。毎朝このケトスティックでケトーシス状態をチェックをした。思ってもいなかった日にケトン値が低い日もあり「もしかしてあれのせいか!」と振り返りができるので、ケトジェニックダイエットをする人は必須だと思う。

◆周囲の反応
とにかく肉を食うし、油を摂取する。チーズやサラミも食べまくるため、まわりの人からは「それがダイエットなの?」といった反応が多かった。それで説明をする機会はたびたびあったのだが、「糖質=20g」がうまく想像できる人が少なく「肉食べていいんだね!」みたいな妙に勘違いされてしまうことは多かった。説明はしづらいダイエットではあるなあとは感じた。

◆結果
ケトジェニックはその特徴から短期型だと捉えているため、今回は「37日間」の実践となった。が、体組成計で測ったのが開始から一週間後だったため以下の数字は「30日間」の数値である。

・体重
79.4kg→76.6kg(-3.7kg)

・体脂肪
18.3%→16.3%(-3.0%)

・脂肪量
15.0kg→12.5kg(-2.5kg)

・筋肉量
61.1kg→60.8kg(-0.3g)

という結果になった。
めっちゃ痩せた!という結果にはならなかったものの、前の一か月と比較すれば下げ幅は拡大しているため一応効果はあった?のかな?という感覚ではある。特に脂肪量の減少に比べて筋肉量の減少は最小限に食い止められたという意味では悪くない結果なのではないかなと思っている。

◆反省点
途中まで「カロリーは気にせず食べる」を実践していた結果、ほとんど体重の変動が起きなかったが、摂取カロリーを厳格にしてからは一気にぐっと下がった。よくケトジェニックは「カロリー制限は必要ない」と言われるが、厳格にした方が結果が出やすいと思う(そりゃそうだって話だけど)。というか自分の胃が強いから単に食べまくれちゃうのが原因なんだよな…

◆まとめ
というわけでケトジェニックが終了した。

結果としては「まあ、こんなもんか」といった感覚ではあるが、いわゆるダイエットでタブーとされている食材をガンガン食いまくれるのは体験として面白い。その特徴から「まあいいか」が許されない点も面白く、強制力があるため逆に意識が低い人の方が向いていたりするんじゃないか?とは思った。ただやはり強制力は強いため、環境がそろってないと難しいのではないかと思う。例えば接待での飲み会とか、冠婚葬祭とか、そうした事情に対応がしづらいため、実践するためには、レギュラーな日々が続く期間が必要になる。自分の場合は飲み会があってもうまいことごまかしたり、冠婚葬祭のような強制イベントは入らなかったのでよかった。さらに自分の場合は事務所にキッチンがあり、そして近所に道の駅的な場所があるため、ちゃっと買ってちゃっと美味しく作ることができる点もうまく続けることができた要因だと思う。

しかし、やはり極端な方法であることは違いなく、副作用としてアシドーシスになる危険性もある。

ケトアシドーシス
https://www.dm-town.com/life/know03.html?link_id=sd03

そのため実践するにはケトスティックを使用してケトン量を把握することが必要になる(ケトン量は多すぎず少なすぎずが重要)。

厳格な食生活とケトン量の把握が求められるため、実践するには相応の知識が必要になる。こうした点から、バリエーションとしては面白いものの一般の人にはあんまり向いていないのではないかと思う。ただし例外として、トレーナーがついてやる分には悪くない方法かなとは思う。

というわけで現在はケトジェニックが終了し、ローファットに移行した。目標までもう少し。減量している人は一緒に頑張りましょう。

震災復興には街のグランドデザインが必要だ

震災から8年が経過した。

自分は緊急支援期に現地に入り、現在まで石巻に留まる選択をしていることもあり、たびたび外部の人から「今の状況はどうですか?」といったことを聞かれる。

8年も過ぎたのである程度落ち着いていると思われる方も多いと思うが、実はそうでもない。理由としてそれまで設計段階だった大規模工事が施工の段階にどんどん突入しているからだ。道路もあちこちで避難道路として整備されまくり、石巻で言えば橋も新たに2本増える(歩道橋の内海橋も含めれば3本)。長らく更地だった南浜周辺も復興公園に向けて、どんどん作業が進み、沿岸部はとにかくダンプやミキサー車といった働く車がひっきりなしに動いている。こうした慌ただしい風景自体に街が慣れているため、普段は意識しないものの、状況はやはり特殊なままだろうなとは思う。2021年の復興期間最終年度までこの状況は続くだろう。

こうしてどんどん街がスクラップアンドビルドされる様子を見ていて、この計画は本当に「正解」なのだろうかとたびたび疑問になる。本当にその建物は必要なのか?必要だとして復興予算がなかった場合、同じ予算をかけて同じものを作る気はあったのか?箱モノは目立つためそう考える機会が特に多いが、道路や防潮堤、企業への貸付金など疑問に思う場面は多い。

実際に自治体の重要な指標である「人口」は減少傾向が止まらず、「財政」も集中復興期間後はすぐに赤字になることがほぼ確定しており、破綻してもおかしくはない状況だ。

石巻市財政収支見通し 復興後の予算編成方針策定
3か年で82億円余不足 人口減で歳入環境厳しく
https://hibishinbun.com/news/?a=9141

現時点でいえば国費を大きく入れたにも関わらず、それに見合った効果は得られていないと判断してよいだろう。

こうした状況になっている要因は複数あると思うが、その1つに「街のグランドデザイン」を描ききれなかったという点があるのではないかと考えている。これは特に市街地で言えることだが、とにかくバラバラで、街全体でどうこうしようという意図はまったく感じられない。2012年(だったかな)に中心市街地活性化検討委員として会議に出席した際に、立町商店街と呼ばれる1つの商店街が10ほどの地権者組合として細かく分かれていることを知った。さらにその組合毎に復興計画を作成していることを知った私が「全体で計画することはできないのですか?」と聞いたところ、「それは無理なんだよ」と返ってきた。それまで喧々囂々と議論していた委員たちが唯一同意が取れた瞬間だった。現在、石巻中心市街地が新しいマンション風の建物と昔からのたたずまいが残る商店が同居する凸凹した街並みになりつつあるのはそういう理由が背景にあるのだ。

ただでさえ苦しい状況にも関わらず、市民はバラバラでバラバラな市民をまとめる行政は疲弊し主体性がないまま一部の権力者や外部のコンサルになされるがままになされた結果がいまの街の風景なのだ。と少なくとも自分は捉えている。正直な話、現状でいえば再興する可能性は非常に低いと捉えざるを得ない状況にある。

一方で隣町の女川は同じように津波で大きな被害を受けたにも関わらず、可能性は大きく違うように見える。自治体の規模は違うし、原発立地自治体ということで財政面も異なる部分もある。さらに当然「隣の芝生は青く見える」だけかもしれないが、それでも動き方や市民の声を聞いていると石巻と女川では全然違うなと感じるのである。

その違いの元をたどれば女川は震災後グランドデザインに時間をかけた。グランドデザインに時間をかけた分、目の前の作業は遅かったため「女川は復興が遅い」といった声もあったが、逆にその流れが良かったのだと思う。その話は以下の記事にまとめた。

住民主体で進む女川、その背景を探る
http://mikamikami.hatenablog.com/entry/2015/05/02/231254

復興のプロセスがまるで違い、その違いが差に大きく影響しているのだと考える。もちろん、震災前の状況から元々違いがあるし市民性も違うから一概に比較はできないが「グランドデザイン」をしっかり描けた上で進めることができたのかどうかは大きな違いを生むはずだ。

大きな震災があって街の設計を考える必要がでてきた場合はとにかくそこだけは時間をかけて市民が納得する形でディスカッションをしてグランドデザインをしっかり描いた上で進めるべきだし、さらにいえば「震災前」にやっておけばよりベストだ。震災が発生してから決定までは時間がない中で進めなければならないため、どうしても場当たり的な発想になりがちだが、日常的に未来の設計を策定していれば例え震災があっても方針は決めやすいし、スキームは活かせるだろう。

もしこれを読んでいる方で街づくり関係者や自治体関係者がいた場合は、ぜひご自身のフィールドで未来のグランドデザインを時間をかけて策定したら良いのでははないかと思う。街づくりにも役立つが、こうしていざっていう時にもきっと役立つ計画になるはずだ。

というわけで、震災8年目で何か書こうと思い書いてみた。考えがまとまらず勢いで書いたこともありだいぶ支離滅裂なのだが、まあいいか。集中復興期間は残り2年。その間にこの街がどう変化していくか引き続き注視していきたい。

わたしなりの働き方改革

最近になって自分の働き方に気づいたことがある。

それまで勤めていた会社が倒産し、あーあー言いながら半ば強制的にフリーランスになり、なんだかんだで社団を立ち上げ、最近もなんだかんだで会社を立ち上げ生きてきた。従業員がいたこともあったが、基本的には「1人」でやっている期間が長く「1人」が性に合ってるし、なんだかんだ働きやすいと思い続けていた。

一方で昔からどうも1人で事務所にこもって仕事をしていると調子が悪い。すぐに眠くなるし、作業もあんまり進まないし、たびたびさぼるのだ。まあ、どちらかといえば不真面目な性格ではあるがそれにしても異常だなと長年感じていた。もちろん問題意識はあるから試行錯誤はしてきた。まずは何らかの環境が悪いせいだと思い込んで、可能な限り環境を整える方向で実験を試みた。机の高さを自由に変えれるものにしたり、当然椅子もすばらしいものにして、とにかく働く環境は整えに整えた。悪くはない。むしろ改善はしたものの、根本的な「何か」は特に変わらなかった。次に自分自身を変える方向で考えた。もしかしたら何らかの栄養素が足りてないのではないかと考えいろんなサプリを試してみたり、ポモドーロテクニックとかスケジュール法を変えてみたり、なんだりかんだりやってみたけど、やっぱり根本の「何か」は変わらなかったのである。

「1日を思い通りのスケジュールで100%過ごす」

というだけの事ができないのである。どこかでつまずいてしまう。なんでだろうなあと思いながら1日が過ぎていき、我ながらなんて生産性が低いのだろうかと長年思っていた。とはいえ本能的なものなのかなんなのか「締切ブースト」だけはしっかり機能する。だから、本当にやばさを感じるときのみはリミッターが外れたように全力で取り組めるのである。リミッターが外れるから当然反動もあるが、なんとかそれで生きてきたようなものなのだ。

何とか改善したいなあと思い続けてきたが、どうもわからない。それであるときぼんやりそれについて考えていた時に思い出したのが「学生時代」のことだ。学生時代、授業は毎日休まず欠かさず過ごすことができたが(もちろん居眠りするときもあったけど)、テスト勉強はぎりぎりまでできないタイプだった。ぎりぎりになってリミッターが外れてようやくやるみたいなスタイルだったのである。まるで今と同じだ。つまり考えればわかることだが、昔から自分は「自発性」が非常に弱かったのである。自分が本当に興味があることは別にして、億劫だなあと思うことはひたすら後回しにすることが多かった。そうか、自発性が弱点なのか、ということに気づくのである。

それでだとすれば、強制力を追加すればもしかしたら解決するんじゃないの?と考え、事務所にフリーでやってる人を誘って一緒に働こうと提案をしてみた。たまたま使っていない机があるから、実験的に時間を決めてそこで作業をしてもらうようにお願いをした。その人も近い課題があったこともあり提案が通り、ほぼ同じ営業時間で作業をやることになった。さらに自分の課題を正直に伝えて、その人に朝一で今日のスケジュールを発表することを日課とした。たまに「ちゃんと進んでいるのか?」と言ってくれとのお願いも受け入れてくれて、たまに進捗確認もするようになった。ここまでくるともはやマネージャーと部下みたいなものである。

結果は…これが今のところ成功で、それまで嘘のように進まなかった作業がさくさく進むし、うようよ悩んでいたこともばりばりとは言わないまでも進むようになった。当たり前だが一緒に机を並べている人は「ただの隣人」だから強制力はないし、適当にスケジュールを知ってる程度で、たまにちゃかすように「まだ終わってないんかい」とか言ってくれるだけである。しかし、それで生産性は間違いなく上がったのた。今では味をしめて、もう1人似たような境遇の人を誘い作業をしている。

それまでずっと悩んでいた根本的な原因が「一人が苦手」だったとはちょっと恥ずかしいことではあるが、いやもうこれは事実だなと最近の変化を見ながら受け入れている。この事実に気づいた上での改革は今にはじまったことだから、今後さらに実験をしていけばより生産性は増すのではないかと思う。例えばそういう役割を持たせて、従業員を雇ったらより強力に制御されるのではないか…とか。近いところでコーチングを受けたらもっと改善されるのではないか、とか。いろいろ試してみたい。

さらに同じような悩みを持つ人はもっといるんじゃないのかなと思う。自分の問題に気づいてから他の人にもいろいろ話を聞くが、一人でも全然やれるって人もいるし、できないって人もいる。できない人はそれでも同じようにあれこれ試してやってるようだが、根本的な解決にはいたっていないようである。だから自分とかそういう人向けに「監視型コワーキングスペース」があったらいいんじゃなかなって考えるようになった。企画としてはまだまだ思い付きだけど、受付で目標を伝えて、それを終わるまで帰れない。作業はすべて監視されてさぼりだしたらすかさず注意してくれたり、もしくは応援してくれたりする。必要に応じてコーチングも受けられるし、なんならウェアラブルをつけてもらって精神状態も把握したりとか。おいおいこいつ眠くなってるぞってわかったら、ちょっとランニングマシンで走らされたり、逆に寝かしつけられたり。個人の生産性を数値化して向上するコワーキングスペースがあったらおもしろいんじゃないかなあ。実験的に自分で試してみようかな。

ThinkPad X1 Carbonを購入した

これまでthinkpadx220を使ってきた。もう7年くらいになるのだが、スペック的には今でも十分に使えるし、故障などもなくその堅牢性には頼りがいもあった。ただ、電池の持ちと筐体の重さに関してはかなりしんどさがあり、うんうん考えたが買い替えを決意したのだった。

それで携帯性を買い替えのポイントとして考慮しつつ、最新のノートパソコン事情も理解しつつ、選んだ結果、

(1)LG gram
(2)VAIO S11orS13
(3)HP Spectre x360
(4)lenovo ThinkPad X1 Carbon

↑こちらの4つの候補に絞られた。
Surfaceレッツノートも当然考えてはいたが、コスパを考えれば一段劣るし、レッツは軽いが厚みも気になった。

実機を触って一番驚いたのはLGのgramだ。13,3型は965gで27時間駆動、スペックもそこそこ。バッテリーサイズを小さくすればより軽く済むだろうが、そこをこのバランスにしてきた点は面白いし、そもそも27時間駆動ってなんだ。実測で半分だとしても凄まじい。それに対しバッテリーサイズを小さくして軽さを重視したのがVAIOのS11といったところか、840gはやはり軽い。

HPのx360は1290gと他のパソコンよりも重量はあるが、13.6mmという薄さがある。そして何よりコスパ面が魅力の機種でもある。4つ目のlenovoのX1はいいとこ取りのバランス型といったところだろうか。

どの機種もそれぞれ個性があり、これは迷った。

が、最終的には、

(1)LG gram
(2)lenovo ThinkPad X1 Carbon

の2つに絞った。
S11は軽さが魅力だがLGの重量でも十分耐えられるし、x360はコスパが魅力だがx1の価格でも予算内であるためx1を優先した。x360は実機を持つと薄いとはいえやはり他機種と比較して重いのもマイナスとなった。軽さの許容範囲内はx1の1130gまでのように感じられた。

gramかx1か。うんうん迷い、最後にもう一度実機を触って比較して決めようと考えた。

向かったのはヨドバシ仙台店だ。

前回のチェックでは重さや形にばかり気が向かっていたので、今回はキータッチを試してみようと考え、実際にメモ帳を開いてパシパシ打っていた。はじめに書いてしまうと、キータッチに関してはx1の方が圧倒的に好みではあった。が、最終的な判断はそこではなかった。

まず試したのはLGの方だった。パシパシ打っていると男性で細身の若い青白い顔をしたLG担当店員が近寄ってくる。(はっきりいって今、触ってる最中だから、黙って見ていてほしいのだが)というオーラを出していたがあえなく突き破られ、その店員はずかずかとお決まりのセールストークを始めた。「持ってみて下さい?軽いですよ」「電源の持ちがいいんですよ」といったわかりきった筐体の特徴を距離にして10cmそばから話しかけてくる。こちらも最初は穏便に対応していたが余りにもうるさい。しょうがないから正直に「x1と悩んでいる」というヒントも伝えて、どういう反応をするか見たところ、その店員はx1に関する知識はなく、gramのお決まりのセールストークを延々と繰り返すだけだった。おそらく、他社研究はおろか、担当のgramすらちゃんと触っていないのではないかと思う。とにかく「売らなければ売らなければ」「売りたい売りたい売りたい」という圧が強く、時間とともにこちらの気持ちはぐんぐんと下がっていく。終いにはスリープの挙動を見るために、一度パソコンを閉じて再度開いたところ、パスワードがかかってしまった。それを指差し「これを直していただきたい」と伝えたのだが、それに対しLG店員は「あっこれお買い上げっすか?この機種ですか?」と目を見開いてあわあわしだした。いや、パスワードですよと伝え直したところ、彼はその機種のパスワードを知らず、他の店員を呼びに行っていた…スリープを解除して再開するやいなやまだ営業トークを続けようとするから流石に呆れて「ゆっくり触って考えさせて欲しい」と伝え、一時は静かになったが、じっとりと張り付いてこちらを見ている。そして結局また話しかけてきた。相手のニーズも考えず自分の言いたいことだけをいって、これではLGというよりL自慰だ。これではダメだなと判断し、その場を離れlenovoのブースへ。

lenovoのブースでx1を触っているとlenovoの店員が近づいてきた。LGの件があったから、また同じ目にあったらどうしようかと思ったけど、その店員は「こちらがわかっている事をわかっている接客」をしてくれて非常に助かった。gramと悩んでいるという話もしたが「あれ駆動時間すごいですよね!」とちゃんとのってくれて、その上でゆっくり触って判断してくださいと言ってくれた。前述した通り、キータッチはx1の方が好みでこりゃこっちかなあ、しかしあの軽さと駆動時間も面白いよなあなどと考えながら、パチパチx1を打っていると、背後に気配を感じた。なんだと思ったら、またもやLG店員の登場である。ライバル会社のブースまで入るのか…と思いながら、スルーしていると、どうですか?と聞いてきた。「キータッチはx1ですね」と伝えると「そうかもしれませんが重さと軽さは~」とまた営業トークが始まった…店員の軽さと持続時間もgramのコンセプトに寄せたのだろうか…と呆れ果て、言うまでもなくこの時点でgramは落ちた。わざわざLGの店員は自分で落としたのである。

店員の質は「偶発的なこと」ではあるのでそこが判断に影響してしまった点はやや残念ではある。単純にそれぞれの持ち味で判断をしたかったのは正直なところではある。

LGとlenovoの対応が逆ならば本当にわからなかった。最終的な商品の魅力はx1に軍配が上がったが、x1は納品まで一ヶ月かかる(まだ手元に届いていない)。これは大きなハンデであるし、こちらのニーズも「できれば早め」だったため、その辺をうまくついていればgramになっていたかもしれない。

デザイン的な面で考えるならば機種のコンセプトを必死に考え、技術を詰め込み、広告宣伝物なども頑張って揃えたとしても「情報量が多い接客という行為」により覆る可能性があるという事である。そこまでをデザインしていく必要がある、ということを改めて身を持って体感をしたのだった。

地域の発展には「視点のバージョンアップ」が重要ではないかという話

観光について。

以前、阿蘇の人気定食屋の今村さんから話を聞く機会があった。阿蘇といえば幻想的な「雲海」が有名だが、広まったのはわりと最近のことであり、それまでは一部をのぞいて地元の人には見向きもされたなかったらしい。それが、外からきた人がその魅力を発信し、人を呼び込みだして、「えっそれで人来るの?」となったとの事。今村さん自身も最初は半信半疑だったんだけど、実際に雲海ツアーに行き、観光客が喜んでいる姿を見て、考えががらっと変わったとのこと。

今村さんのインタビュー記事
http://asoomoi.com/imakin

これはわかりやすい例なんだけど、観光に留まらず地域の発展には「視点のバージョンアップ」が不可欠ではないか、と最近考えている。前にも書いた気がするけど「何もしない、何も変わらない」は成長期ならまだしも地合いが悪い状況では相対的に下がるだけであり、持続性を考慮するのであればよりよくなるように変化するしかない。かといって、何もかもをがっつり変えることは現実的に難しいし、やれる事は限られている。だから"今あるもの"を「視点のバージョンアップ」で変化することが重要なのではないか、なんて事を考えている。

それで視点のバージョンアップは「これはこういうものだ」という発想を転換させたり、「新しいつなげ方」といった手法で見方を変えていくことになると思うんだけど、それってそれまでそれを常識だと思っていた人からすれば、受け入れづらい話ではある。特に「下げて見ている人」からすると、不可解ですらあると思う。「こんな何もないところに人が来るものか」といった感じで。この場合、そうした本質を隠す一生治らない瘡蓋をまずはべりべりと剥がして、傷口をじっくり見る所をやらなきゃいけないから、しんどい。しんどいから瘡蓋はますます「硬く」なる。

でも、視点のバージョンアップには寛容性がなければ進まない。あーそういうのもあるんだ、それ面白いな、といった受け入れがないと続かない。この"2人目"が重要って話は、デレク・シヴァーズの、

「社会運動はどうやって起こすか」
https://www.ted.com/…/derek_sivers_how_to_start…/transcript…

↑これを見るとよくわかる。
そうした点でいえば、人が多い都会だと、突飛なことをいっても「面白いじゃん」って同調する人が出て来やすくて、大きな動きにつながりやすいと思うが、人が少ない地方だと中々そうはいかない。

だから「そうはいかない」ってことを認識するところからはじめておおらかに変化を促す方法か、もしくは2人目は当面出ないけどとにかく自分を信じて実績を出す、の二通りになってくるのではないかなと思う。

どっちがいいかは場合によるだろうが、大抵の場合は後者で行くしかないだろうな。なんて事を考えた。

田舎の閉鎖性と車社会の関係

石巻で車を走らせているとたまにみる光景として「タバコのポイ捨て」がある。タバコをぽいっと火をつけたまま捨ててしまうのだ。初めて見た時はぎょっとしたんだけど、しばらくすると「またか」くらいの感覚になった。この行為だが考えてみると、かなり不思議な構図になっている。このご時世散々たばこのマナーに関して啓発があり、喫煙者の肩身が狭くなっているはずなのに、自分の首を苦しめる行為をわざわざするのはちょっとどうかしている。本人に聞いたことはないが推測では「特に考えていない」からそうした行為ができるのではないかと思う。おそらく本人は「普通」の事なのではないか。

だとすると、この人の普通ってなんだろうか。「普通=価値観」を構成する要素はインプットの量や質によって定まっていくと思うんだけど、それは育ちから普段の生活までつながった上で決まっていくはず。
そこで車社会が鍵になってくる。車社会だと、移動はすべて「個」につながる。自宅から車で移動し会社に行き車で自宅に帰る。同じところをぐるぐるぐるぐる周る。当然コミュニティも固定化され、それが「普通」になる。だからその世界で車からのポイ捨てが「普通」だとすれば、悪いことだとすら思うわないはずで、だとすれば堂々とタバコのポイ捨てをしてもおかしくはないはず(いやおかしいんだけどさ)。

一方これが公共交通機関を使うとどうだろうか。例えばそれなりの乗車率の電車はどうだ。椅子に座っていると、隣に座る人は毎回違う。子供もいればおじいちゃんもいる。同い年くらいの人もいる。金持ちもいればそうじゃなさそうな人もいるしこの人やばそうだなって人もいる。広告も時期によって変わるし、時期によって人の装いも変われば、流行りによって人が持つものも変わる。スマホを見ていたとしても、それらは強制的に目に入るし、強制的に「パーソナルスペースに他者が入り込む」。さらにターミナル駅で降りればさらに人と爻わったりもする。

ただの移動といえば移動だが、日常的に使用する移動が「車」か「公共交通機関」では多様な違いを受容する下地としてはけっこう違いがあるのではないかと思う。たまに電車に乗ると人の近さにびびるもんな。

田舎と都会には当然違いはあるけど、そうした車移動の影響や単に人の少なさ、移動ルートのパターン化などでどうしたって閉鎖性は高まる。閉鎖性が高まれば、(そこに長く住む事を前提とした場合)どうしたって保守的になるんだな。みたいな事を考えた。

仙台・宮城観光PR動画について考える

宮城観光PR動画が物議を醸している。
問題になっている動画はこちらだ。

ぱっと見ただけでも「やっちまったな…」と感じるが、一体何をどうやっちまったのか、考えてみたい。

== 確認作業 ===============

◆基本的なコンセプトを推測
宮城の夏は東京に比較すれば涼しい。にも関わらずこれまで避暑地としてアピールした事も少なく認知度も低い。そこで需要の掘り起こしとして、涼しい宮城をアピールし夏の観光客を増やしたい。涼しい宮城…涼しい宮城…そうだ「涼宮城」と書いて竜宮城をもじったアピールで展開しよう。といったところだろうか。動画に関してはこのコンセプトに宮城の観光資源を乗せて、インパクトのあるものを作りたいとでも考えたのだろうか。

壇蜜の起用に関して
記事によれば"イメージキャラクターとしたのは「伊達家に由縁があり、クールで妖艶」だから"とのこと。壇蜜さんは秋田県出身であり、祖父が伊達藩士だったという縁があるとはいえ背景はやや無理をしている印象がある。つまり「クールで妖艶」が先行しており、そのイメージで壇蜜さんが選ばれたと考える方が自然だ。

◆クールで妖艶とは
クールとは「涼しくてさわやかなさまを」を表し、妖艶とは三省堂大辞林によると"あでやかで美しいこと。男性を惑わすようなあやしい美しさをいう。"だそうだ。

◆ターゲットの推測
わざわざ書くまでもないが、「妖艶な竜宮城の乙姫様」を演出の要に据えているためこの時点でこのPRの狙いが「成人男性」を向いていることは間違いない。

◆動画に登場する内容の確認
(1)ずんだ餅
(2)牛タン
(3)伊達政宗公生誕450年
(4)松島上空(松島の説明なし)
(5)東京仙台間が最速90分

といった順番で登場し、仙台の定番を紹介?する内容となっている。

◆演出
(1)むすび丸鼻血
(2)扇情的な呼びかけ
(3)にんまりムネリン
(4)亀さん上のってもいいですか
(5)にんまりむっくり亀さん
(6)松島上空
(7)謎のむすび丸(かっこいいイメージ?)
(8)涼しげで素敵
(9)あっという間にイケちゃう

とてもわかりやすく「妖艶」をテーマにした演出だということがわかる。

== 問題点 ================

というわけでここまでは動画から読み取れる背景と内容の確認を行った。その上で問題点の考察に移りたい。

◆宮城は涼しいのか?
そこかよ!って気もするけど、宮城と東京両方に住んだ経験がある自分として宮城は「大して涼しくない」実感がある。実感で判断するのもあれなのでデータをみると、

https://weather.time-j.net/Climate/Chart/sendai?compare=tokyo&select=44

7月、8月で平均気温は2℃~3℃程度低いようだ。
涼しさでライバルとなりそうな札幌は仙台からさらに2℃程度低く、さらに首都圏の避暑地で有名な軽井沢は仙台より3℃程度低い。比較をすればやはり宮城はそこまで涼しくはない。当然宮城でも避暑地的な場所はあるが、今回の動画は「宮城が涼しい」と言っているため仙台も涼しい必要がある。そう考えた場合、実際に行ってみたら「思ったより暑い」との評価につながる可能性が高く、満足度を下げる結果となるのではないか。

◆ターゲットを成人男性に絞る事の是非
この記事を書くにあたり色々とSNSでの評判も見てみたが「旅行のメインターゲットである成人女性を敵にするってどういうこと?」というような言説を見かけた。果たして本当にそうだろうか?

https://www.jtb.or.jp/wp-content/uploads/2014/10/nenpo2014p12-31.pdf

↑この2013年のレポートには観光目的の宿泊男女比は"47:53"と書かれており、若干ではあるが女性の方が率が高い。

http://reposen.jp/3743/9/52.html

↑またこちらの資料には同伴についてまとめられており、女性の方が同伴者を伴う傾向が強い事が指摘されている。いずれにしろ、女性の方が旅行に関する意識は高いことがデータからは確かに読み取れる。

マーケティング的な定石としては女性をメインにした方が良さそうでは有るが、掘り下げるという意味合いで普段ターゲットにしていない男性をメインに据えるのは戦略としてありだとは思う。しかしながら、あくまでもメインターゲットは女性の旅行者なのだからそこに配慮をする必要性はあるだろう。

◆妖艶さは必要だったのか?
わかりやすく成人男性の目を引く手法として、妖艶=エロを用いる点は何とか理解ができる。目を引きつつ、宮城ってこんなところで良いところなんだよという事が広まればいいわけだ。ただし今回の動画でいえば2つ問題がある。1つは男性だけが見る動画ではない点、もう1つは宮城の良さが消えている点だ。
前者に関しては今回の動画は広くPRする必要があるため視聴者を選ぶことは難しく、女性も当然目に入る。例えば今回の動画の内容が青年男性誌に掲載されているのであればそこまで問題にならなかったと思うし、逆にいえば青年男性誌的内容物が何のゾーニングもされずに世の中に出されてしまった事が非常に問題だと思う。こうなってしまうと、炎上してPVが伸びても、成人男性へのアピールと共にメイン客である女性のマイナス点も増えてしまう。
後者に関しては前述した通り動画の内容はいわゆる仙台の定番のみで、特に涼しげポイントもなければ目を引くような点もない。例えば、涼ポイントで冷やし中華の元祖といわれる龍亭を取り上げたり(サイトには掲載されてるね)、場所も最近高速が開通していきやすくなった三滝堂あたりを取り上げていればまだ違った見方ができたかもしれない。結果的に妖艶さだけが独り歩きして、宮城の涼とは?宮城の観光とは?という主題が抜け落ちているように見える。

== まとめ ================

低予算で海外旅行も視野に入る時代になり、だからこそ国内の観光は戦略性をもって緻密に長期的な視点でブランディングをし続けていくことが求められる。果たして今回のキャンペーンはロードマップの上にきちんとのせて考えたものなのか。炎上狙いをする必要があったのか。何を得て何を失ったのか。正解がないのもわかるし、リスクを取ってチャレンジする事もわかる。かといって不要なリスクまで取る必要はないだろう。一企業ではなく、公が税金を投入して制作している点も意識はきちんと持って欲しい。何にしろ効果測定をしっかりやって、次回に活かして欲しいと思う。

最後にこんなのばっかりなのかと思われるのもあれなので、第6回観光映像大賞を受賞した宮城県登米市の観光動画も掲載しておきますね。

◆参考記事
http://www.huffingtonpost.jp/2017/07/10/sendai-danmitsu_n_17448514.html
http://xn--eckp1fo1cxj1722cpen.tokyo/?p=2538
http://www.weblio.jp/content/%E5%A6%96%E8%89%B6

◆ちなみに
制作はADKアーツですね。
中の人が丁寧に書いていました。