轟音からその先へ

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311で物資支援をしていた際に困惑したこと

前回の記事には様々な声が集まった。

"千羽鶴被災地に送ることは完全に無意味なことではない"
http://mikamikami.hatenablog.com/entry/2016/04/18/212006

書いている段階で批判を受けやすい記事であることは自覚しており、そして私はわざと炎上させるような趣味はないため、いやだなー怖いなーと思いながら記事をアップした。結果的には賛否の否は多いが、賛の方も中にはいて、想定していたよりかはバランスが取れたブコメが並んでいるように感じた。

批判的な意見に関して、これはだいたいの内容が同意する内容だと感じている。もしかしたらあの記事を読んで、私が「千羽鶴を推奨する人」だと思われた方もいるかと思うが、私は千羽鶴を送付する事はできればやめて欲しいと考えている。

例えば友人が物資を送ろうとしていて、そこに千羽鶴ないし寄せ書きを入れようとしていることを知ったら、理由を伝えながらまずは止めて代替案を示し、それでもどうしても入れたいとなった場合は、前回の記事に書いたような妥協案を提示するといった事をすると思う。

そんな私がなぜわざわざ批判が来るであろう記事を書いたのかと言えば、実感として「それでも現状の千羽鶴批判は行き過ぎなのではないか」と感じたからだ。批判はわかる、しかし「送る人は愚か」といった風潮は、それはそれで問題があるのではないかと考え、とても極端な例だと認識しつつも、緩衝材に少しでもなればと思い千羽鶴が役に立つ事例もあるということを示す記事を書いた。

人は信じるものしか信じないってのは一理あると思うので、こんな辺境のブログですら、千羽鶴をポジティブに捉えている記事があるぞ!やっぱり千羽鶴は必要だったんだ!と思う方が見ているかもしれない。だとすると、あの記事には妥協案は書いてあるので「そうか、こういう方法なら大丈夫なんだな!」って思われれば、まだマシに…なるかもしれない。おそらく、攻撃的な批判よりかは受け入れやすいはず。

と、前回記事に関してはそんなところでしょうか。
他に千羽鶴に関しては「広島・原爆記念館の10トン分の千羽鶴を1億円かけて処分」という内容が気になったので、ちょっと調べて今度記事にしたいとは思っている。10トンに1億はどう考えてもかかりすぎだと思うが、どうだろうか。

それで、書きながら当時のことを思い出すのだが、自分が311の物資配布の経験上、これは困ったなあってのがいくつかあったのでそういったものもついでに紹介したい。

◆その1「時期ずれの物資」
熊本地震でもすでに発生しているようだが、震災発生から現地のニーズは時間と場所により刻々と変化をしていく。今回の震災でも、地震から数日はあれだけ「水がない」といった情報が出ていたが、そうした問題は本当に数時間単位で改善されていく。他の物資もそうだが、現在は物資そのものを受け入れストップする自治体が増えてきている段階に入った。そもそも物資に関して問題となるのは物の総量というより「物流」であり、物自体が不足しているというよりかは物はあるけど届けることができないといった状況が問題になる。そのため、ある程度物流さえ回復の目処が出れば、一気にモノは被災者の元へ届けられる。東日本大震災の場合は、それでも範囲が広大すぎたため、行き届かない地域というのがあり場所によって差がでる状態もでていた。現地で活動している団体ならば、直接そうしたニーズの変化に対応することはできるが、遠方から物資を送る人はそうした変化に気づかずに送る場合も多い。場合によってはイメージで送付する方も多く、数ヶ月経過したにも関わらず、水やオムツを送付する人、なんて方もいる。こうした物資は当然配ることも難しく、対処に非常に困惑する場合も多い。

◆その2「控えめにいってゴミといえる物資」
その1に関してはなんとか役に立てれば、という気持ちが伝わり、また生活用品のため工夫をすればどうにかなる物資ではある。千羽鶴や寄せ書きに関しても同様に気持ちは理解できるため、まだ納得もできる。しかし、これらを凌駕する絶句するような物資は本当に届く。よく言われる古着はまだ着られる状態ならまだしも、服の機能が失われたものも多く届き、使用済みの上靴や、なんなら片足だけの靴といったものも送られてきた。他にも使用済みの文房具類(箱1つ使い古した鉛筆といったものもあった)、壊れたおもちゃなど、一体誰に対しての物資なのか、まったく理解できないものも中には混じってくる。この辺の物資を見るたびに、善意とは何かを度々考えたことを思い出す。熊本地震でも個人が現地に物資を送ることができた段階で、このような物資はおそらく混じっていると思う。こうした点を見れば、身も蓋もない意見かもしれないが、そもそも個人が物資を送ること自体やめた方がよいのではないかと思わなくもない。

◆その3「1と2を積極的に配布する人たち」
2に関しても、まだ…まだね、まだなんとかぎりぎりで擁護できなくない…部分もある…か。それなりにまともな団体を通して物資を送る場合は、団体で適宜判断をするため、問題はその段階で排除される可能性は高い。自治体に送る場合も仕分け作業でうまく仕分けされているはず。しかし、もっとも問題となる点はそうした"善意"の気持ちが溢れまくり、行動にうつし、現地に来られた方だ。本当に、謎の個人で支援に来ている方がいて、そうした方は直接その善意を被災者の方に届けてしまう場合がある。私も一度そうした方に巻き込まれたことがあり、その際に対話をしたものの、想像できると思うが話が通じない。物に込められるならまだしも、本人が来てしまうともうどうしようもない、という印象だ。せっせと、仕分けをして平等に物資を配布している避難所で「あの女の子にね、ポテトチップスをあげたらね、とっても喜んでね、本当に…もうね…(感極まる)」みたいな話をする謎のおっさんもいた。場所によっては事案だろうよ…。

と、こんなところでしょうか。
結論を言えば、個人が物資支援を行うことは中々難しい側面があるため、悩んだらやはり「お金を送る」ことがよいだろう。じゃあ、どこにお金を送るんだって話はまた難しい話ではあるが、ようするに自分がピンとくる場所でよいのだとは思う。赤十字や赤い羽根に、yahooやCAMPFIREなど色んな選択肢はあるが、

認定NPO法人NEXTEP
http://www.nextep-k.com/2016/04/23/3900

↑こうした地元の信頼できそうな団体に直接寄付することも選択肢の1つだ。

さらに、やっぱりお金だけだと味気ないなあって人はいわゆる「買って応援・食べて応援」が実感も伴いよい方法だと思う。個人的に愛用しているところでいえば、

通宝海苔の「のり通」
https://www.478124.com/

↑ここのふりかけがおすすめだ。
一時ふりかけにはまり、色んな会社の種類を食べたがここのがとても美味しい。
特に、

海苔職人の百年ふりかけ 鰹ビン
https://www.478124.com/products/detail.php?product_id=31

↑このふりかけが高いけど美味い。
ネットで購入できるため、直接お金を届けることができることも大きい。白米が好きで、ふりかけが好きで、何か熊本のものを…と思っている方にぜひおすすめしたい。