轟音からその先へ

轟音は"ごうおん"と発音してください。

石巻市の黙祷用サイレンが鳴らなかった件に関して

今年の黙祷は特に場所を考えていなかったが、たまたま街中に用事があった事もあり、日和山に登りそこで黙祷をすることにした。日和山石巻市街地で最大の被災地域である、南浜エリアを一望できる高台になっており、黙祷する場所として毎年多くの市民が集まる場所だ。

以前よりは少し減った気はするが、今年も多くの市民、そしてその様子を撮影する報道陣が沢山いて、鹿島御児神社の鳥居を中心に賑わいを見せていた。私も何人か知り合いがいたので、挨拶をしつつ、その時を待った。

14時40分頃から、黙祷をする場所を確保し、様々な思いとともに黙祷に入る準備をした。数分前に防災無線から「まもなくサイレンがなります」というアナウンスが入り、その時を待つ。通常であれば、定刻時間になると「黙祷」の声とともに、けたたましいサイレンが鳴り響き、それぞれがそれぞれの想いとともに黙祷をする時間になる…はずだった。

しかし、事前のアナウンスから一定の時間が過ぎても、サイレンはならない。近くのご婦人方も世間話をしている。なにかがおかしい…と思いながらも、「雰囲気的に黙祷をする時間」が場の空気を占めていき、徐々に静寂が場を支配していった。ご婦人方もその空気にやられて静かになり、小さな子供が無邪気に騒ぐ声と、それを窘める大人の声のみがひっそりと聞こえるのみとなった。

そうした「雰囲気」ではじまった黙祷だが、今度はまた別の問題がでてくる。「黙祷の終わりがいつなのかわからない」のだ。心の何処かで(もしかしたらこれからサイレンがなるかも…)と思ってはいるが、一向になる気配はない。サイレンがなればそれにあわせて、区切ることができるが、「雰囲気黙祷」の場合、終わりも雰囲気になるのだ。

私も当初は疑念を抱きながらも、黙祷を続けたがどうもサイレンはならないようだと判断し、ついに目を開けて時計を見たら「14時50分」を指していた。私は異常性をはっきりと認識し、と同時に周囲も少しずつ、異変を認識して「なんとなく」黙祷をやめる人が現れ、なし崩し的に黙祷の時間は終了した。

知人とも話し「なにがおこったんだ?」と確認していると、改めて防災無線からアナウンスが流れた。内容は…

「黙祷のサイレンを鳴らすことができませんでした。申し訳ございませんでした。」
https://www.youtube.com/watch?v=Z416MtgMJ3k

といったものだった。
その場は脱力感と戸惑いの空気に変わり、憤る声も聞こえた。
「中途半端な時間を過ごしてしまった」「一番大事な瞬間なのに」「中継もされているのに恥ずかしい」「逆に石巻市っぽいね…」などなど。なんとも言えず、そのまま立ちすくむ方も見られた。

後日、この件は新聞にも取り上げられ、鳴らすことができなかった理由も書かれていた。

"市によると、同44分にサイレンを鳴らす周知放送をし、同46分に実際にサイレンを鳴らすはずだった。しかし、周知放送のシステム終了が同46分を過ぎてしまったという。
 市は装置を2013年度に導入。昨年のサイレンは手動で実施した。ただ、手動では数秒遅れるため、ことしから自動放送に切り替えた。二つの自動放送を組み合わせたのは初めてで、テストは実施しなかった。"
http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201603/20160312_11069.html

初めてのケースをテスト無しで運用してしまったためミスが出たと、そういうことらしい。

東日本大震災の中でも最大級の被害を受けた自治体が、「防災無線を鳴らすときに鳴らせなかった」ことはとても重要な失態だ。おそらく、本物の「津波警報」が発令された時は手動でサイレンを鳴らすため、鳴らないということはないと思うが、それ以前に事前に備えるべき自治体が「備わっていなかった」ことを露呈してしまったことがとても残念。本物が来た時でもこうした対応がどこかで現れるのではないかという懸念が生まれ、更に市民と行政の信頼関係を多かれ少なかれ損なうことになった事に対しても憂慮すべき点だと言える。

一方で、石巻界隈の知人からは「あのサイレンが鳴らなくて思い出さず良かった」「これからもこのままでもよい」といった声もあった。確かにあのけたたましいサイレンの音は強烈で、当日現地にいなかった自分ですらも、胸に来るものがある。その心情はとてもよく理解はできるが、サイレンがあろうがなかろうが、それでも人々の記憶は時間と比例して忘却していく事を考慮すると、未来に対して同じ被害を生まないためにも年に一度、盛大に鳴らす方がよいのではないかと思う。

心情の問題とは別で、備えの問題は急務だ。サイレンをそうそう鳴らせる機会はないのだから、こうした機会をテストケースとして利用するぐらいの気持ちで市役所の担当課は実践していくことがよいと思う。大変な失態ではあると思うが、そういう仕様だったという事を理解することができたことは良かったはず。今回の件を教訓にし、来年はまたけたたましくサイレンを鳴り響かせて欲しい。