轟音からその先へ

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石巻のタクシーに乗る幽霊について

石巻の「幽霊」を取り上げた論文の記事を見かけた。

http://www.asahi.com/articles/ASHDY737QHDYUNHB00B.html
http://www.buzzfeed.com/satoruishido/higashinihon-earthquake-yurei

このタクシーの幽霊が流行った2011年の夏頃は石巻で在宅被災者向けのコミュニティカフェの運営をしており、この話題は当時の事を思い出す内容になっている。

コミュニティカフェではお茶っこ(お茶飲みの事をこの地域ではこう表現する)をしに、近所の子供からお年寄りまで集まり日々あーだこーだと話していた。震災情報の話もよくしてはいたが、井戸端会議のようなもんだからゴシップ的な話題もまあみんな好きで、お金と幽霊の話題はよく聞いていた。

当然、このタクシーの話も事あるごとに話題となり、他にも「南浜では夜になると何人もの死者が歩いている」と言われてみたり、なんなら「余りにも幽霊が出るものだから南浜の道は通行止めになっており、警備員が御札をはって警備をしている」なんて事も言われていた。

ふんふん、なるほどなあと聞きつつも正直な所、戸惑いも感じていた。その該当するエリアは度々通る道で、もちろんそうした幽霊を見たことはない。また、通行止めになっていたのは地盤沈下がひどく、水が溜まり通行止めになっていただけで、幽霊が原因なわけではなかった(当たり前なんだけどさ)。そんな感じで、特に南浜に関しては尾ひれがびよーんと長くついた話は度々聞いていたのだった。

ここで補足をしておくと、話題の中心となる地域はほぼ決まって南浜(もしくは隣の門脇地区)で、この地域は石巻市街地で最大の被害があった場所だ。石巻の震災の象徴ともいうべき場所で、多くの市民にとって、何かしらの感情を抱く場所になったという意味では市民にとっても特別な場所だと思う。度々クローズアップされる「がんばろう!石巻看板」もここにあり、「被災石巻」などとアナウンスされながら流れる映像は高台である日和山からこの南浜地区を撮影した映像だ。ちなみに長渕剛が紅白にでた際に使われた門脇小学校もここにある(当日は遠くからもその様子が確認ができ、神龍降臨の如く凄まじいライトアップがされていた)。

あの夏頃は避難所もまだまだ運営されており、さらに本格的な仕事がまだ始まっていないところも多く、「人が寄り合う状況」があちこちで見られた。町内会レベルで今後どうすっかいねー的な話はあちこちでしていたと思う。

みんなが共通で認識する場所(南浜)があり、さらに人が集まりやすい状況があったため、あの時の石巻はより「幽霊が生まれやすい状態」だったのではないかと推察する。死者と向き合うときにこうした霊的な話は、被災地に限らず全国津々浦々発生する話だと思うが、その話題が外に拡散するには条件が整っていなければ広がらないはずで、その条件がその当時の石巻にはあったのだと思う。ようやく少し落ち着き、疲労を感じる時期の中で、清涼剤のようにゴシップ的なネタが欲しかったのかもしれないなとも思う。

先にリンクを貼った記事の中に担当教員が、

"被災地の人々が多様な死者へ払っている敬意から私たちはもっと学ばないといけない。死者の思いを受け止めない慰霊は、誰の感情に寄り添っているのか。もっと被災者の視点から問われないといけないのです"

↑このようなことを書いていたが、正直なところ、同じ被災者でも茶化した扱いをする人もいる。自分はそうして幽霊として出てくるのであれば、それをむしろ真摯に受け止めて欲しいと思っているので、「あそこ…出るんですよ…」とか言ってくる人には正直辟易している部分もある。被災者だからといって、みんながみんな同じような想いだったりするわけではない。感じ方は当然、人それぞれなのだ。

しかしながら、そうした話が頭に残り「あそこは多くの死者が出た場所」だと後世に認識される方法だとすれば1つ興味深い方法なのかもしれない。それこそ民話のような。現在も、ほとんどの市民がタクシーの幽霊を知っていることを考えれば、下手な啓蒙よりも効果はあるのかもしれないな。